つれづれ味わい日記

都内で働く3男児母の備忘録。暇さえあれば本読んでます。

今週の読書記録(220306)

おはようございます☀

 

今週のランチNo.1は新橋の伊萬里さん。かねてから気になっていたのですが、ようやく行けました🐟エビフライもカキフライも、とっても美味しかったです😆

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tabelog.com

 

さて、今週は4冊です📚

「ギフト」原田マハ(著)

原田マハ作品をいろいろ読んでいる妹からのおすすめでした。短編集が読みやすかったです。大切な人の想いが交錯する、日常的でささやかな出来事が詰まった一冊。最後の「ながれぼし」は名古屋(地元)、鬼怒川(行ったことある)、浅草(ランニングと保育の出発地点)が出てきて、ストーリーも良かったですが場面設定にも、親近感でした。

 

 

 

「99.9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方」竹内薫(著)

 

1月に読んだ竹内薫さんの「仮説力」が面白かったので、こちらも借りてみました。

rmoryrim.hatenablog.com

 

科学的であるというのは、「反証できる」ということ。とは、「仮説力」でも述べられていましたが、もっと深く切り込んで白・黒・グレーの仮説について語っています。

常識を疑う、柔らかな頭で考えるとは、科学は全て近似にすぎないと踏まえること、わかったこともわからないこともちゃんと伝えて認めて考えること。その上で白なのか黒なのかグレーなのかは自身で考えてみること。

これは科学とは離れるかもしれませんが、誰かと議論するときには「あなたも正しい」「わたしも正しい」と思えるかどうか。双方に見えている景色が違うことを認めたうえで、「その場合は」「あなたの考えでいくと」といった枕詞を大切にしたいということ。どちらかが正しいではなく、どちらも正しいという境地に立つことができるとよさそうです。太郎仮説も次郎仮説もどちらも正しい、一つの正しさに絞ることは難しい、複数主義を認め、ある種そこを諦めることができた人だけが相対性理論を理解することができる、という話もとても深い話です。

わからないことがたくさんある、正しいことは一つではない、疑う技術を身に着ける、哲学する自分を大切にする生き方が理想だなと感じました。そのためにもインプットもアウトプットも、できるようになりたいと改めて。

 

 

「結果を出して定時に帰る時間術」小室淑恵(著)

株式会社ワーク・ライフバランスの代表を務められている小室淑恵さんの本。育児も会社も別事業もボランティアもしながら、一日24時間しかないのにどうやったら四足のわらじで生き生き働けるの?と気になる方は必見です。メールツールを活用するちょっとしたテクもあれば、コミュニケーションの工夫が大事という話、仕事でいいアウトプットをするためにもプライベートの充実(インプット)が大事という話、プレゼンスキルを高めるための方法(場数踏む、練習する、さまざまな方のフィードバックを積極的に受ける)などなど。子どもが小さいうちは職住保近接がいいというのも、最近まさにそういった転居をしたばかりなのでとてもタイムリーでした!

特に私がハッとしたのは、忙しいことを言い訳にしてすっぴん上等になる日が日常だったり、部屋がぐっちゃぐちゃになっている状態を嫌だな…と思いながらも、そこを越えられていなかったこと。小室さんがいう「同時並行術」を早速実践しようと思いました。最後の最後に「とはいえ、毎日を大切に生きることが大切だ」と締められているのがとてもナチュラルで、なるべく等身大で、素直な気持ちで、ライフもワークも両輪を回すというのが大事そうです。母としても妻としても職業人としても、とっても素敵な女性なのだろうなと想像を巡らせながら読みました!

 

 

 

脳科学は何を変えるか?まだ見ぬ未来像の全貌」信原幸弘(編)、エクスナレッジ(編)

脳科学に関係する方々の対談集です。さらさらーっと読んでしまいましたが、特に羽生善治さん×田中啓治さん×信原幸弘さんの対談がとても興味深かったです。棋士の方々の脳を研究するという試みがあったそうで、その時の様子や羽生名人が将棋を習得したときのエピソードが語られていました。私が考えさせられたのは、羽生名人が幼いときには将棋のスキルを磨く機会には今ほど恵まれていなかったという話。実戦できるには週に1度で、実戦に飢えている分合間には必死にのめり込むように本などで学んだのだそう。渇望感や情熱、想像力が働いたからこそ、とんでもなく飛躍できたのではないか?現代はさまざまな機会やチャンスに溢れている分、ノーベル賞級の発見はこの先あるのだろうか(特に日本において)、ということも、科学者として田中さんは憂いていました。肥料を大量に使ったからと行って植物が育つわけではないという話と同様に、飽和な時代においてどう生きていくか、は考えていく必要がありそうです。

 

それとはまた別の対談で、何をもって脳死とするのか?という議論も。林成之さんと盛岡正博さんの対談でした。脳死をどこで判断するのかという話と、その先の臓器提供の話は切り離して考えるべきだというお話も、非常に考えるべき話だと思いました。