つれづれ味わい日記

都内で働く3男児母の備忘録。暇さえあれば本読んでます。

今週の読書記録(210404)

おはようございます☀

 

先週の誕生日夜は夫長男が特製パフェを作ってくれました🍓

f:id:rmoryrim:20210404062206j:image

玄米フレーク・豆乳ヨーグルト・白玉・いちごを重ねて。ホワイトデーと義実家滞在で甘いものをたんまり食した3月でしたので、最後は軽めで良かったです!

 

さて今週は5冊。全て義実家から借りたものです。

「大どろぼうホッツェンプロッツ」オスフリート=ブロイスラー(著)、中村浩三(訳)

「大どろぼうホッツェンプロッツふたたびあらわる」オスフリート=ブロイスラー(著)、中村浩三(訳)

「大どろぼうホッツェンプロッツさんたびあらわる」オスフリート=ブロイスラー(著)、中村浩三(訳)

小学生のときに読んでいたという夫から借りたものです。テンポよい展開も面白い、登場人物にも言い回しにもユーモアが感じられて想像しながら読み進めるのが楽しい3冊でした◎

 

 

「本当の学力をつける本 学校でできること 家庭でできること」陰山英男(著)

こちらも義実家から。夫の本棚を物色していると、義母が「よかったらこれも」と持たせてくれました。義父母、子ども時代の夫は読書家で、実家に住んでいたときの私とは大違いです。本棚を覗いたり義母に最近読んで良かった本の話を聞くのが、義実家滞在の楽しみの一つでもあります。

こちらの本の著者、陰山先生は当時公立小学校でオリジナルの指導(陰山メソッド)をしていたそう。中学校高校を経て国立大学や医学部など、難関大学と言われるところに進学する教え子が続出したとのことで、2009年にこちらの本は出版されました。今は日本の教育をより良いものにすべく、産学官さまざまな場面で活動の場を広げているようですね。

学力についてはやはり小学生のときにいかに学びを習慣化できるかどうか、小さな「できた」を楽しめるか、といったところがキーなんですよね。

あとは家庭で規則正しい生活を営めるかどうか、父母が社会について、自分の仕事の楽しみを子どもに語れるかどうか。

私は学ぶ習慣をつける、という目的達成のために中学受験はアリ派(私自身中学受験してよかったと思っている)。首都圏現代のお受験事情、学費、子ども3人というボリューム、自分たちのキャリアを考えながら最適解を出す感じになるとは思いますが…(少し先をいく誰かに相談したい、体験談を聞きたい)

公認会計士林さんのこちらの記事を読んだときもそう思ったんだよなぁ。悩みは巡る、巡る。

rmoryrim.hatenablog.com

 

うんうん考える時間を取るよりも、種明かしをした先を充実させる、という考え方は目からウロコ。100ます計算、漢字を教える(長男がひらがな読みに充実感を感じているうちに)はタイミングを見て取り入れてみたい。

早寝早起き、テレビ制限(そもそもテレビを置いていないので)、食事をしっかり、はできてる。わが家はテレビを置いていない分家族会議や対話は多いほうだと思うので、これからはそのトピックに社会問題や仕事のことも入れてみたいなと。ある日突然天才や秀才が生まれるなんてことは稀で、何事も日々の営みの向上意識の積み重ねだと感じました。

 

 

「かぎりなく やさしい花々」星野富弘(著)

こちらも子ども時代の夫から借りたもの。子どものときから体操が好きで、中学校で体育を教えていた著者。ある日の事故で、首から下が動かない身体に。葛藤や鍛錬を経て、口に筆をくわえて花の絵と美しい詩を書く芸術家になります。

どん底や孤独を味わったことがあり、それでも自分の人生を生きると決めた人は、意思が強いし優しい。可愛い子には旅をさせよ、とは本質ですね。

自分の意志と関係なく規則正しく空腹が来る、日は昇るし沈んでいく虚しさ。考えることを放棄すると、ささいなことでも決められなくなってしまう悲しい性。皆ほんとうは自分の人生を謳歌したいと思っているんだ、とためらいながら歌う母の姿から気付いたこと。かわいそうだと思われることの辛さ。不自由と不幸は違う、不幸と決めつけるのは心の貧しさの表れ。他人の幸せを時に憎らしく思い、同じような悩み苦しみ痛みの渦中の人にほっとする。優越感も劣等感も自分勝手に抱く情けなさ。どん底や孤独を感じたら、この身体と付き合うと決めたなら忍耐なぞ無視して思いっきり生きたらよいじゃないかという気付き。何気ない日常からの著者の気付き、そこから自分の罪深さや弱さを認めて立ち上がる様が本当に勇気と励みをもらえます。

著者が初めて展覧会を開いたときのエピソードも見過ごせません。福祉を充実させる、その重要性を叫ぶ声は大きくなっているものの、福祉にいちばん大切な心の部分がなくなりつつある、と。当事者の真心を伝えなければ、本当の意味での充実や発展はないということ。